安全保障分科会

 

〜はじめに〜

自国の安全を保障することは、国家の永遠の取り組みである。今回のフォーラムでは我々は安全保障分科会として、日本と韓国双方が抱える安全保障上の問題を中心に話し合った。基本的にトピックは4つ設定した。まず第1に「戦後問題」。特に、第2次世界大戦後の日本政府の補償、賠償問題について。第2に、「日韓双方の安全保障の現状とアメリカの存在」。現状の日韓、およびそれらを取り巻く安全保障の現状を検証し、アメリカが日韓の国防政策にどういった役割を果たしているかなどについて。第3に、「金大中の可能性」。日韓双方の政治情勢の現在と今後の行方などについて。そして最後に、「北東アジアの安全保障の将来」。特に南北朝鮮の統一問題を中心に据えて。これらのトピックは時間を追いながら日韓の政治的関係を見るべく順序が決定された。
 リサーチ担当者は、トピック1に田村、トピック2に内田、神田、トピック3に浅井、松村であった。そしてトピック4にはあえて担当者を誰も置かないこととし、リサーチを本会議のディスカッションそのものとして各自意見を練る、ということにした。リサーチの最中、幾度となくあった安全保障分科会ミーティングに忙しい中休むことなく参加し、度重なる電話やファクスでの意見交換を重ね、本会議までの限られた時間に最大限の努力を傾けた安全保障分科会の日本・韓国側各メンバー、また我々のわがままなお願いに快く応じ、3時間を超える情報・意見提供をして頂いた防衛庁・防衛研究所教官、武貞秀士氏に敬意を表しつつ、30時間にわたった第14回日韓学生フォーラム・安全保障分科会本会議を振り返ってみたい。

トピック1:日韓関係を改善させるためにすべきこと...

            −第2次世界大戦の戦後補償−

そもそも、これからの日本の安全保障を考える場合、アジア諸国との協力関係は欠かせない。また、今後アジアの安全保障における日本の役割は拡大していくであろう。しかし、これらのことを達成するために、あまりに日本は信頼されていない。その理由の一つとして、日本が過去の清算、つまり第二次世界大戦の戦後補償を十分に行っていないということが挙げられるであろう。このトピックでは日本と韓国の間の安全保障を考える前提として、戦後補償の問題を取り上げ、それをいかに解決し、日本と韓国の信頼関係を育んでいくのかについて議論した。

このトピックで主な論点となったのは、1965年に締結された請求権協定、そして日韓基本関係条約である。まずセッション1においては田村が日本側の立場に関して、主に請求権協定をからめてプレゼンテーションを行った。プレゼンテーションでは、日本政府の個人補償に対して、「個人補償は請求権協定により解決済みである。」という立場と、「請求権協定により解決されたのは国家間の補償のみである。」という立場の矛盾を指摘した。その後、日本政府は個人補償に対する解決を図る必要があるとの見解を述べた。そして戦後補償問題をめぐる日本の判例、特に今年の4月に判決が出された関釜裁判を紹介し、解決への糸口を提示した。
ディスカッションにおいては戦後補償問題の前提として、日本の歴史教育における現状や、第2次世界大戦に対する現在の日本人の一般的な考え方を紹介した。その後、請求権協定において明示的に補償という形で金銭が支払われていないこと、謝罪が一切なされていないことなどが指摘された。更にそのことをふまえて、請求権協定の改正の可能性について議論がなされた。また、請求権協定が締結されている現状をふまえて、政府間レベルでの補償問題の解決がなされる可能性に関しても議論が及んだ。

また、セッション2においてはPark Jee-Yeonが韓国側の視点からプレゼンテーションを行った。ここでは現在韓国で問題となっている韓国人の被害の状況や、サンフランシスコ条約を含めた包括的な戦後処理の経緯が紹介された。また、日韓基本関係条約第2条に関して、韓国併合に関する条約が無効となった時期の解釈が日本政府と韓国政府の間で異なることが紹介された。つまり、1910年時点において条約は無効であり、日本の韓国併合に法的根拠がなく違法であるとする韓国の立場と、1945年に条約は無効になったのであり、日本の韓国併合は法的な根拠を有するとする日本の立場である。そのことを踏まえて、植民地問題に関する日本の責任が取り上げられた。
ディスカッションにおいては補償問題を考える際の日韓関係基本条約の意味に関してや、請求権協定締結時の日本と韓国の関係、国際情勢などを踏まえてドイツと日本の戦後補償のあり方の違いについて議論をした。さらに何をもって解決とするのかについても議論が及んだ。また、東京裁判、映画「プライド」などを中心として、戦争犯罪に関する意見の交換などが行われた。

この2つのセッションにおけるディスカッションを経て、戦後補償というトピックに関して、日本がアジア諸国からの信頼を回復するためには必ず補償問題の解決の必要があること、しかしながら現実問題として、個人補償に関して日本政府が公式に何らかの措置をとることは困難であること、また、請求権協定が改定される可能性は現在の日韓両政府の状況をかんがみると皆無に等しいこと、解決のためわれわれにできることは民間レベルでの交流・援助であること、また若い世代のなかで戦後補償に対する意識が高いという状況を踏まえて、解決のためには若い世代が政治に積極的に参加していく必要があること、という点でメンバーの見解の一致をみることができた。

このトピックを通じて感じたのは、月並みであるが、解決が非常に難しいということである。この原因としてはもちろん日本政府のあいまいな態度からくるものが最も大きいが、何より日韓両政府の間で請求権協定により解決がなされており、政府間交渉を行えない点が挙げられる。また、何をもって解決となるのかという点も問題である。しかしながら、このトピックについて韓国側と意見を交換できたことは非常に有意義であったし、このような相互理解は必ず解決へとつながると、私は強く信じている。

<主要参考文献>
日本弁護士連合会編「日本の戦後補償」(明石書店 1994)
萩野芳夫「判例研究外国人の人権」(明石書店 1996)
国際人権研究会編「責任と償い」(新泉社 1993)
(田村 仁)


トピック2:現状の日韓双方の安全保障とアメリカのプレゼンス

このトピックは、日韓安全保障の現状把握と、それと切り離すことの出来ないアメリカの存在を考えるため、セッション3からセッション6まで、計4セッションを通して話し合われた。自国の安全保障に対する考え方、また、お互いの国の安全保障体制に対する考え方、アメリカの存在に対する意見を交換しあい、メンバーそれぞれの考え方を認識することに重点をおいた。

まず、セッション3では、内田による“北東アジアにおけるアメリカの存在(特に日本とアメリカの関係)”についてのプレゼンテーションが行われた。プレゼンテーションの内容は、アメリカの冷戦後の安全保障戦略、アメリカと北東アジアの関係、日米安全保障条約の概要と、1997年新ガイドラインに至るまでの経過とそれが示す意味について。そして、そこから、日本にとってのアメリカの存在を考えるというものであった。プレゼンテーションの中では、アメリカが、冷戦後も、北東アジアに関与していこうとしていることが明確にされ、日本も、アメリカとの協力体制を維持していく姿勢を見せていることが示された。その上で、アメリカの存在は、現状の日本にとって、不可欠なもので、今の北東アジア情勢を考えても、アメリカとの関係を消極的に考えることは出来ないことが強調された。
セッションでは、新防衛大綱、新ガイドラインに際して、どのように、日本国憲法第9条がとらえられるべきかが話し合われた。憲法9条の条文解釈にあたり、それが、個別的自衛権、また集団的自衛権を含むかということを考え、それに対する各個人の意見、姿勢を交換しあった。解釈としては、すべてを否定、個別的自衛権のみ肯定、両方とも肯定、という3つが考えられ、その上で、条文改正が必要かどうかを述べあった。
<主要参考文献>
小此木研究会「新しい日米安保協力―「再定義」を検証する」慶應大学政治学研究(1998)
岡崎久彦「特集「反古典」の国際政治」Glocom net news letter
Joseph S. Nye Jr. "Strategy for East Asia and the U.S.-Japan Security Alliance"
Defense Issues Vol.10,Number 35(1995)

つづくセッション4では、神田により、“新ガイドラインと周辺事態法案からみた日本のアジアにおける安全保障での役割拡大”についてのプレゼンテーションが行われた。96年4月の橋本−クリントン共同声明以後、日本は後方地域支援を中心に自国の役割をより具体的にし、実現に向けて努めていることに関して、新ガイドライン、周辺事態法案の概要を追いながら、プレゼンテーションが行われ、それに対して韓国側はどう考えるか、といったことが議論の中心となった。
まず、韓国では新ガイドラインや周辺事態法案について、報道ではあまり触れられず、一般的には知られていないということだった。周辺事態の概念が地理的なものではなく、事態の性質に着目したものであることに関しては、アジア諸国にとって脅威とならぬよう、対話を通じてより明確化していくべきだ、という意見が出た。一方、台湾を周辺に含むかどうかという政治的な問題もあり、明確化するのが難しいということも理解された。周辺事態法案に関しては、船舶検査活動は何ら船舶に対し拘束力を持たないにしても、追尾できることで脅威が生まれるのでは?、違憲なのでは?といった日本側と対立する意見も出された。しかし、全体を通しては日本はアジアの平和に貢献する限りにおいては、安全保障における役割を明確にしつつ、積極的に担っていくべきだ、という考えだった。

セッション5においては、Han Yu-Kyungのプレゼンテーションが行われ、韓国におけるアメリカの存在を考えるという形であった。韓米関係の歴史の概要、米韓相互防衛条約、韓国の現状の安保体制や、対北朝鮮政策などについて、詳しく説明があった。セッションでは、条約におけるアメリカに対する韓国の立場と、それに対して、期限が限定されていないこと、アメリカ軍の撤退への規制がないことなどの問題が明確にされ、また、首都ソウルのアメリカ軍駐在の問題などが、話し合われた。このセッションでは、主に、日本側が、韓国側に、北朝鮮に対しての姿勢や自国の安全保障に対するジレンマに対しての意見を求めるといった形になった。

さらに、トピック2最後のセッション6では、Kang Seong-Hunにより、“日本の安全保障と東アジアにおけるアメリカのプレゼンス”についてプレゼンテーションが行われた。日本と中国のアウターバランサーとしてのアメリカ、アメリカとアジア太平洋諸国との二国間条約と集団安全保障の可能性を中心としたプレゼンテーションが行われた。
ディスカッションでは、日本、韓国、米国の三国の関係にとどまらず、北東アジアの他の国も考慮に入れた日韓の安全保障、総合安全保障や多国間安全保障体制の可能性について話し合われた。特に、大国「中国」存在に注目がいき、東アジアにおける中国について、中台問題、南沙諸島問題、そしてアメリカの対中姿勢という観点から議論が進んだ。そこから議論は、米国の存在と東アジアにおける多国間外交の可能性へと移っていった。アメリカは勢力を保つために二国間外交を進めているが、責任分担を進めることで多国間主義を考慮に入れているのではないか、という問いが出された。アメリカは自国の影響力を減少させようとは考えていないから、防衛費削減、責任分担に応じて、非軍事的手段、経済などによる勢力覇権を進める。その中で、経済関係から多国間主義へとつながる可能性があるのでは、というものだ。それに対し、現実的には米国との二国間関係の安全保障体制が東アジアにおいてはいまだ強力であり、今後とも強力であり続けるのではという意見も出た。

以上、トピック2では、日韓米を中心とした現実の安全保障体制に対するさまざまな認識を互いに理解しあい、トピック3、4での未来の安全保障体制についての議論への共通の土台を作ることができた。また、これからの東アジアにおける集団安全保障体制の可能性と行った論点を通じても、次のトピックへのステップにつながったように思う。
(内田 恭子、神田健太郎)


トピック3:金大中の可能性

安全保障分科会トピック3は、「金大中の可能性」と題し、韓国に新しく誕生した金大中政権の基本政策を分析することによってその性格を考察した。また、金大中の政策基盤、反対勢力、日本の小渕新内閣など、日本と韓国それぞれの国内政治体制を考察、そして南北統一問題を軍事的側面や北朝鮮の立場も考慮に入れつつ検討した。

セッション7では、浅井によるプレゼンテーションで、金大中政権の基本政策分析が行われた。今年2月に行われた所信表明演説で発表された「六大課題」のうち、政治改革と南北政策に焦点を当てた。政治改革では特に金大中政権の提唱する参加型民主主義、政府とビジネスの癒着問題、「小さな政府」化の可能性など、南北問題では北朝鮮への三大原則、1991年の南北合意に基づいた南北間の交流問題などが論じられた。
最後に金大中政権の今後と日本の小渕新内閣の将来についてが論じられた。その後の質問では、金大中の政権基盤の強さや日本との比較について、北朝鮮の動向などについてのものが多かった。北朝鮮の政治的安定性については、向こう10年間に限定して意見交換が行われた。印象的だったのは、日本側の意見が金正日体制の存続に楽観的だったのに対し、韓国側は概して悲観的だったことである。前者の理由としては、金正日政権の基盤の強さ、政権継承の周到さ、周辺国からの人道的援助、閉鎖政策による外部情報の遮断、軍事力の掌握による徹底した強権政治、反金正日派に対する敏感な反応および対策、が挙げられた。後者の理由としては、亡命者などの証言に基づく北朝鮮の内状とそれらから判る国民の自国の政治経済状態に対する認識度、反金正日派の軍将校による軍事クーデターの可能性、主体(チュチェ)思想による経済政策の失敗に端を発する国民の不満、中国国境での中国国民との情報交換、そして北朝鮮経済に大きなウエイトを占める日本の朝鮮総連からの送金などから漏れる国外情報などが指摘された。

セッション8では、松村による「軍事的側面から見た南北統一問題」のプレゼンテーションが行われた。休戦ライン周辺に集中する南北朝鮮軍、それらの数字から見た力と数字では見られない力、在韓米軍に関する説明、それらが抱える問題点、例えば概して言われる「韓国のジレンマ(在韓米軍に対する韓国国民の声は冷ややかだが、実際それによって自らの国が守られているという現実を認識すること)」などが触れられ、ピュアに軍事データやそれを用いた仮想戦争、実際にそれらが起こる可能性などが指摘された。軍事状況の把握の程度が各メンバーによりまちまちであったため、このセッションは比較的相互情報提供もしくは意見交換の時間となった。

セッション9では、Jun Eun-Hanから金大中個人に関するプレゼンテーションがあり、より細かに金大中本人の背景が説明された。このプレゼンテーションも比較的に情報提供型であり、このあとの議論の焦点は、金大中政権の今後に移り、そして小渕新内閣の是非についてへと変わっていった。特に日本の小渕新政権の是非については賛否が明確に分かれ、激しい議論のやり取りがされた。賛成側の意見としては、堺屋太一新経済企画庁長官に代表される内閣人事の巧妙さ、それらの人の意見を取りいれつつ異論を排除しようとする小渕氏の性格などが挙げられ、反対側としては小渕氏のカリスマ性や強力なリーダーシップの欠如、それによって予想される政局不安と国民の信頼の低下が指摘された。また、韓国の政治制度問題では、連立与党の最大勢力で、金大中の所属する新政治国民会議が1997年の選挙活動時に連立与党第2勢力の自由民主連合党首・金鐘秘の協力を取り付けるために約束した就任2年後の韓国政治体制の大統領制から議院内閣制への移行が、実際に行われるかどうか、熱い議論が交わされた。白熱した議論の後、金大中政権および大統領制の存続、小渕新内閣の経済政策早期成功を要望するということで意見の統一をみた。
(浅井 一志)

トピック4:北東アジアの安全保障の将来

最後のトピック4では今までの内容を踏まえて将来のアジアの安全保障体制について自由に議論するという形式をとった。私は公式にはトピック3の担当で実際にプレゼンテーションもおこなったが、メンバーらの許可を得て、トピック4でもう1つプレゼンテーションをおこなった。

それは日韓米による地域安定勢力、「NEAIRF」、NorthEast Asia Immediate Reaction Force、の創設の提案である。これは日韓両国とアメリカとの妥協的な安全保障体制である。将来、アジアでの経済発展が鈍り、アメリカはアジアに対する関心を失っていったときに備え、その安全保障をアメリカに依存している日本と韓国が自国の安全を守るために今以上の力をそそぎ、アメリカの役割を軽減しようというのがこの提案の根本的な概念である。私はこのプレゼンテーションを準備するにあたり、純軍事的な事しか扱わなかった。私の専門分野がそれであるというのも理由だが、あまり多くのファクターをいれたら議論が混乱してしまうのを恐れたからだ。また、メンバーにはそれぞれ得意な分野があり、私がふれなくても議論が進んでいくにつれ必然的に発言してくれるだろうとも思っていた。
トピック4では自分の考えを自由に発言できたので議論はかなり活発であった。しかし、当初予想していた日本対韓国という意見対立より個人レベルの国籍に関係ない意見対立がおこったのは驚いた。ただ私の提案そのものにたいしては私のつたない英語力とメンバーの軍事に対する知識の欠如、そしてややエキセントリックな内容のせいで否定的な反応が多かった様に思える。しかしさまざまな意見をひきだした呼び水の役割を果たせただけでも私は満足している。
最後に私は韓国側メンバーに将来の韓国にとって理想的な安全保障体制とは何か、とたずねた。すると今まで激しく議論していたメンバーがそろってまず南北統一、そして中立非同盟と言ったのだ。彼等は非常に頭がよく、知識もあり、現実をよく知っており、それがたいへんに困難な道であることも知っている。しかしそれでもこの2つを望むところに歴史上、幾度となく侵略され、国土を分断された人々の悲願を見たような気がした。

今回この分科会に参加して感じたのは日本側メンバーはもちろんだが、韓国側メンバーはよく勉強しているなあ、ということだ。彼等は将来の韓国社会のエリートである。しかしそれを感じさせないほどに気さくで親切で面白い人々でもあった。また私は自分の今までの勉強に疑問を持った分科会でもあった。というのも日本の大学でどれだけ勉強しても、特に安全保障については、しょせんは机上の理論である。それに対して、韓国人は徴兵制や北の脅威というものを経験しているゆえに、話が非常にリアルで納得がいくことが多い。私はそこに日本人としての朝鮮半島問題への限界を感じた。しかし同時に日本人ゆえに関われることもきっとあるとも感じた。そのことを私は今後探していきたいと思っている。
(松村 直哉)

安全保障分科会全体を通して

物事を比較するとき、よく"Differences in Similarities"(類似の中の相違) と、"Similarities in Differences" (相違の中の類似)という表現が使われる。今回私が体験すると考えていたのは前者で、実際体験したのは後者であった。日本人学生と韓国人学生、予想していた外交官同士のようなやり取りというよりは、各個人が国益などに左右されずに自由に自らの考えを発表し合うというスタイルが現実であった。特に印象的だったのは、いくつかの論点において日本人同士、韓国人同士の中で意見の食い違いがあり、そこから激しい議論が生まれるということが幾度となくあったという点である。これは、それぞれの国でいかに多様な議論が存在し、それを吸収し自らの考えを構築することができる環境に我々がおかれているか、ということを示すものとして前向きに受け止めて良いと思う。
セッション全体を通して、トピック設定および順番を過去、現在、未来という様に決定したのは正解だったと思う。そうすることにより議論の方向性は終始はっきりしていたし、内容も各メンバーが議論の進行状況などを考慮に入れつつ話すことができ、セッション全体の流れもスムーズであった。
反省点は、各トピックの時間配分が必ずしも適当ではなかったという点である。第2トピックには4セッション分、計12時間を割いたが、実際この配分は長く感じられた。逆に第3,4セッションは短く感じ、最終的に与えられた時間をオーバーしてもまだ話し足りなかったという感触が強かった。また、それぞれのトピックの中で各発表者が他のトピックパートナーに対し明確な内容の独立性を持てなかったという点も指摘できる。これは、各セッションにつき1人ずつ発表者がプレゼンテーションをし、そのセッションではそれに関する議論をするという、安全保障分科会の方針そのものに甘さがあったのかもしれない。
しかしながら、30時間のセッションの後、日本側と韓国側の距離が非常に狭まっていたという感触は、このディスカッションの時間が互いの仲を深めるのにいかに役立つかということを実感するのに十分であった。もちろんここに生まれたのは非常にミクロなレベルでの相互理解であるが、こういった形での交流が深まり、そして広がっていけば、将来の日韓関係はより良いものになっていくだろうと思う。こういった観点から、私はこのディスカッションに非常に満足している。
(浅井 一志)

IMPRESSIONS ON SECURITY D/T 〜韓国側コーディネーター感想〜

  As a coordinator, I was really happy to meet all the Japapnese members of Security D/T. They were intelligent, kind, and friendly. I was very surprised to see that they were open-mined. They were honest about their opinions. I also got to realize that I had wrong notion of Japan. I got to know that there were a lot of things I misunderstood about. It was a great opportunity for me to know "Japan". While talking about 'the problems of compensation', 'Current Security situations of Korea and Japan, and the presence of U.S.A in Northeast Asia', 'Administration of Kim Dae-Jung' , and 'the security of future in Asia', I believed that all the members from both countries were able to understand each other more. We might not have been able to bring up specific solutions to the problems we had, but at least we tried to approach to possible solutions. The most important thing is that we, as Koreans and Japanese, were able to communicate and understand each other. I believe that the discussions were the beginning of the improvement of mutual understanding between Korea and Japan. With all the Japanese members having been warm-hearted, I could definitely be sure that Korea and Japan will be the closest friends sometime in near future.
Han Yu-Kyung

コーディネーターとして、私は安全保障分科会の日本側メンバー全員に巡り合えたことを本当にうれしく思います。彼らは知的で、親切で、フレンドリーでした。そしてその心を開いた態度に非常に驚かされました。彼らは率直に自分たちの意見を述べました。
また、私は自分が日本に対する誤った考えを持っていることもわかりました。自分が誤解していることがたくさんあることを知りました。私にとって「日本」を知るということは素晴らしい機会でした。「戦後補償問題」、「現状の日韓双方の安全保障とアメリカのプレゼンス」「金大中の可能性」「北東アジアの安全保障の将来」についてディスカッションをして、私は日韓双方のメンバーが、お互いにより深く理解することができたと信じています。もしかすると、我々は提起した問題に対する明確な答えに至ることはできなかったかもしれませんが、少なくとも、可能なかぎりの答えに近づこうと努力しました。最も大切なことは、我々が韓国人、そして日本人としてお互い意見を交換し、理解することができたということです。私はこのディスカッションが日韓の間の相互理解を改善していくきっかけになったと信じています。すべての日本側メンバーの温かさを見ると、私は日本と韓国が近い将来、最も親密な友人となることを確信せずにはいられません。

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